お侍様 小劇場 extra

     “春のお日和、ほかほか ほこほこ”〜寵猫抄より
 


弥生三月も半ばを過ぎて、そろそろお彼岸というのがやって来る。
暑さ寒さも彼岸までとは言いますが、
何てな言い回しをする、背広姿のお兄さんの言いようへ、

 “あれれぇ? 朝のにうすのおじさんも、同じこと言ってなかった?”

小さなお手々を両方とも、
紅葉の形にむにと広げ、こたつの天板に腕立てて。
身を乗り出して見ていたテレビには、早咲きの桜が映っており。
風に躍ってゆらゆらと、枝に留まってた小さな小鳥ごと、
おいでおいでをするものだから。

 「にあvv」
 「おや。久蔵も桜が好きなのかい?」

あれは寒桜っていうんだって、河津桜っていうのも早く咲くんだってよと。
昼食に使った食器、キッチンにて洗って戻って来た七郎次が、
テレビ画面を横目に見つつ、そんな言いようを小さな家人へ届けてくれる。
火も使うし刃物もある、割れ物もいっぱいあるので怪我をしては大変だから。
滅多なことでは入っちゃあダメだぞと、日頃からキツク言い置いている台所。
今日は勘兵衛も書斎に籠もっているがため、朝から彼らだけで過ごしてて。
そこからの一人にされたけど、それでも仔猫がいい子で待ってたところへと、
さっさかと片付け物を終えると、軽快な足取りにて戻っておいでのお兄さんであり。
くどいようだが、朝からいいお天気だったので、
広々としたリビングも、窓からの陽射しに温められてのほかほかと暖か。
そんな大窓から差し入る陽射し受け、
うなじできゅうと束ねた七郎次の金髪が、
形のいい頭に沿うての真ん丸に、
つやを光らせているのが何とも綺麗だったけれど。

 「…っと。」

少し緩んでいたのが気になったものか、
束ねていた淡い紫色のゴム紐をすいとほどく。
途端にさらり、金が触れ合う音が涼やかに立ちそうな、
光の粒が辺りへ舞い散りそうな。
そんな見事な色合いと、しっとりしなやかな重み持つ、金色の髪が、
赤臙脂のカーディガンをまとった肩口へさらさらりと流れ落ち。
それらを手櫛で手早く梳き上げ直すと、
再びきゅうと縛ってのそれから、

 「ほらおいで。」
 「にあvv」

歩み寄りつつ姿勢を下げて、
チノパンをはいたお膝を床へつき。
早々と延ばしてた両腕の先、小さな和子へと開いてくれたのへ。
重心が高いせいだろか、とたとたとまだ少しおぼつかない足取りながらも、
懸命にてってこてってこ駆けて来た和子を抱きとめてやり、

 「う〜〜ん。久蔵ってば、ふかふかじゃないかvv」

フリース風の上下のいで立ちのみならず、
ぎゅうと抱っこしたそのまま、鼻先を埋めた綿毛のような髪までも。
温められての甘く柔らかに、ふわりと嵩増ししているような感触がして。
そんな髪やら、すべらかな頬やら、
んんんんんっと、
手加減はしつつも ぐりぐりっとの頬摺りを重ねた七郎次、

 「もうもう、可愛いったらありゃしないvv」

どうしてくれようか、この可愛い子ちゃんめと。
腕の中へすっぽりと、愛しい幼子 抱き上げてやれば。
小さな王子もご機嫌になったか、
お人形さんのような小さなお手々、
向かい合うお兄さんの頬へひたりと当てて。
それはそれは甘ぁいお声でまろやかに、

 「にぁあんvv」

赤い目元もたわめての愛らしく、
とろけるように微笑ってくれたのが。
あああ、もうもうと、
久蔵さんの第一シンパシィでもある七郎次お兄さんのその胸を、
きゅんと掴んでの離さなかったらしくって。

 「もうもう何ぁんて可愛いんだろうね、久蔵はvv」

傍から見ても…まあ、それを否定をする人はいなかろう。
こちらのお兄さんには五つくらいの、小さな小さな坊やに見えるこの子供。
実は、他の人には別物に見える。
キャラメル色にところどこ、濃いめの褐色の毛色も混ざった、
ふわふかな毛並みの小さな仔猫。
喉下から胸元にかけて、
まるでアスコットタイやドレスシャツのフリルを思わせる、
そんな豪奢な綿毛が特徴的な、
メインクーンという種の長毛種の仔猫。
生まれてまだ日の経たぬ頃合いな大きさの、
大人の手なら片手で十分包み込めてしまうほどの、
それはそれは小さな仔猫。
四肢もか細く、か弱い印象。
小さなお口をぱかりと開けては、
にぃあと糸のように細い声紡ぐ、何とも稚い存在で。
こんな愛らしい仔が、
潤みの強い大きな双眸で相手をじぃっと見据えた日にゃあ。
よほどに鈍いか動物嫌いな人でもなけりゃあ、
“うふふ、なんだい?”と相好崩してしまうはず。
ひょんなことから同居が始まった小さな家族は、
まだまだ知らない気づかない、
不思議や秘密をたくさん抱えたままながら、
それでも もはや離れがたい存在となっており。
その愛らしさや、だのに見かけによらない大胆さで、
ちょっぴり二の足踏んでいた、
あと一歩がどうしても踏み出せぬままだった誰かさんと誰かさんを、
くっつけるのにも貢献してくれており。

 “…だよなぁ。”

自分が甘えたいとなりゃあ、遠慮もなくのにあにあと甘えかかる久蔵を見、
何と愛らしい存在かと胸がうずうずしたのと同時。
もうすっかりと、いい大人として納まり返っておいでな勘兵衛のはずが、
やはり よしよしと抱き上げ、遊んでやるような、
子煩悩な父親のようだったと知って意外だったし。
そんな彼が見せる優しい笑顔に、
不意打ちだったこともあっての、どれほどドキドキしたことか。

 “でも、あれって……。”

何もこの子へだけ、見せてたものじゃあないと気がついた。
伏し目がちになっての暖かな微笑いよう。
いかにも包容力のある大人の男性の、
頼もしい優しさを感じさせる暖かな表情を。
勿体なくもこの自分へだって、
そそいでくれてた勘兵衛だったのではなかったか?
だのに、こんな身分不相応な想いを深めちゃあいけないと、
見ない振りして、気づかぬ振りして、
傲慢にも素知らぬ態度で、撥ね退けていたのは自分のほうかも。

 “……間に合ってよかった。”

なんて気の利かない子だろうかと、勘兵衛が諦めてしまう前に。
何年も何年も待っててくれてたの、
それこそ“もう勘弁”と見切ってしまわれるその前に。
大切にしたい人を、選りにも選って傷つけてもいるんだよと、
そうと気づかせてくれた、
やっぱり懐ろの深い、優しいお人。

 「にぁん?」

不意に黙りこくってしまったお兄さんへ、
どうしたの?と、
かっくりこと小首を傾げたその様子がまた。
何かのお芝居とかで見た仕草、
一生懸命に真似してみましたと、言わんばかりの拙い動作で。

 「〜〜〜〜〜〜。///////////」

ああ、まずい。
今晩は勘兵衛様からのリクエストで、
マグロのぶつ切り 山かけのオプションつきに決まっているのに。
久蔵には鷄もも肉の串焼きと、オムライスをという構想の中、
マグロの端っこもこっそりサービスしちゃおっかななんて。
島田先生のお財布は元より、生活の管理を全て任されてる身、
何においても厳正にと頑張って来た、
敏腕秘書殿の鋼の心をも揺らがしてしまう、
空恐ろしい笑顔とも言えたりし。

 「おお、此処に居ったか。」

小さな天使を抱きかかえたまま、
この小悪魔め、もうもうどうしてくれようかと。
リビングの陽だまりの中、
楽しそうに微笑っていたうら若き恋人さんへ。
そちらもそちらで、
実は…刳り貫きの戸口から しばし見とれていたらしい、
幻想作家の大先生。

 「あ、読み合わせですか?」

一通りの推敲を終えた原稿を、書いた本人じゃあなくの第三者として、
七郎次も一通り眸を通し、誤字がないかをチェックすることがたまにある。
原稿枚数の少ない掌篇への作業であり、
だが、
「…でも、今回のはエッセイでしたよね。」
創作には違いないけれど、
自分の感性や考え方、嗜好がより色濃く滲ませてある、
つまりは独り言のようなもの。
不特定多数の読者には読ませられても、家人には照れが出るのか、
活字になってからでも、七郎次が読むのはいやがる彼であり。
じゃあ、読み通しはやらせてもらえないかと、
そこまでツーカーな事情を把握して。
何はともあれ、お疲れさまでしたとのねぎらいの笑顔、
再び構え直したところ、

 「……ああ、うむ。」

おっ、と。
何をどう感じ取ったものなやら、深色の目許を少しほど見開いてから、
だが、ややあって…何とも甘い苦笑を零して見せる。
ともすれば いかにも気難しい人として、
恐もてして見えかねぬ、彫の深い精悍な面差しを。
それは味のある表情で暖かくほころばせ、

 「?? いかがしました?」

何でまたそんな…意外なお顔をなさるのかと、
こちらもこちらで不意を突かれてしまった秘書殿へ、

 「なに。たじろいでしもうてな。」
 「え?」

襟のない、ボートネック風のシャツに、
ざっくり編まれたカーディガンを合わせた軽快ないで立ち。
背中へ流した蓬髪を少ぉし震わせるようにして、くつくつと微笑い出しつつ、

 「これまでは、少々視線を逸らしておったろうが。」

それが、あれ以来は常に真っ直ぐ見つめ返してくれる七郎次であり。
こうなって嬉しいはずが、と。
そこで言葉を切ってのついと歩を進め、寄り添うほどに間近になってから、

 「こんな美丈夫に見つめられてはの。
  小娘のように心臓が躍り上がりそうにもなるわ。」
 「な…っ。/////////」

こちらの耳元に口許寄せて、一体 何を言い出すことやら。
低められたお声の甘さに、
真っ赤になっての反駁しかかれば、
その手元から小さな温みをひょいと奪われており、

 「せっかくの上天気だしの。久蔵、どうだ、風呂に入らぬか。」
 「み?」

小さな家人へと話しかけ、素早い話題の転換、図りたいらしい御主様。
反駁塞がれ、置いてけぼりにされた七郎次としては、
もうもうもうと口許尖らせかけたものの、

 “……ま・いっか。////////”

何を仰せかと さらり躱せない、
以前そうだった、無自覚を装ってのつれない態度が、
どうにも照れて まだまだ戻らぬこっちも悪い。
むしろ気を遣っていただいたのだと気がついて、

 「…そうですね。今日は暖かいから、お洋服が乾くのも早いことでしょし。」
 「みあ?」

二人の家人を交互に見やり、何なになぁにと。
勝手に進む午後の予定とやらへ、どぎまぎしている仔猫を挟み、
では参りましょうかとバスルームへ向かう二人であり、

 「にあっ、みぃあっ!」
 「ヤダじゃあありません。」
 「そうだぞ、久蔵。先に入ってからもう5日にもなろう。」

いい子いい子と宥める七郎次と、
よいよいよいと 揺すってあやす勘兵衛と。
この二人が心を合わせれば、一体どうやって抵抗出来ましょうや。


  「うにゅ〜〜〜い。」


喉奥から絞り出される、
ちょっぴり切なげな“きゅうきゅ〜ん”というお声でさえ、
太刀打ち出来ずのダメダメと跳ね返されて。
ちゃんといい子でいたんだのにね、
苦手なお風呂へ連行されちゃった、久蔵くんだったらしいです。
ここは観念しての大人しく、
優しく洗ってもらって、もっとふっかふかにしてもらいなさいね?





  〜Fine〜  09.03.18.

*素材、お借りしましたvv hanzo's famry CATTOWN サマヘ


  *お笑い芸人さんたちがグループに分かれ、
   タイの観光スポットを紹介していた番組がありまして。
   その中に出て来た、ワット・ワンカナイタイカラムという寺院。
   温泉があって結構なにぎわいで、
   一人一人が大きな樽桶に別々に浸かる格好のものなのに、
   それでも…人前で肌をさらす習慣がないからか、
   どの人も服を着たままお湯へ浸かるんですね。
   欧米の人が“スパ”で水着を着るのともまた違ってて、
   (水着もきっと“はしたない恰好”とされるんじゃあ…。)
   ああでも、ウチの猫キュウがお風呂に入るとこうなるのねと。
   フリースのお洋服は、そのまま毛皮なので脱げませんから、
   着たままでわしわしと洗われて。
   何枚も何枚も、タオルをあてがっては水気を取って、
   ドライヤーで ぶわわんと風を当てて乾かされるのね。
   普通の布の服を乾かすのよりはさすがに早いのでしょうが、
   大きなお眸々が乾いちゃうよぉとばかり、
   目許を細めての“執筆中のシュマダ”になって。
   いやいやと何度も何度もお顔を振って見せたりして、
   またぞろシチさんが悶絶するほどに 可愛いに違いないと。
   そうと思って書き始めたはずですのに。

   ……気がついたら、
   バカップルのいちゃいちゃで終わってました。
(笑)


めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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